237号 庭に想う

-2008/04/01-

失礼して、横着をさせていただく。今回の私の文章は、30年以上も昔、三菱自動車㈱の協力会だった柏会の昭和50年3月号の会報に寄稿したものである。ただ、現代に通じるものもあるかと思い、おかめに紹介したい。


「心安らぐ庭園の美」
趣味は、それをやっている当人にとってはとてもすばらしいことではあるが、興味のない人には、何ともつまらないもので ある。近頃、学生や青年男女が好んで、京都の寺院、庭などを見て歩いている。苔むした庭、心憎いほどの石と植栽の配り、格調高い建物と庭の調和のかもし出 す日本の美に、心の安らぎを覚え、現代の中に不足しているものを底に求めているのかもしれない。


物資にかたより、精神的なものが忘れられている現在、ぼつぼつ本来の日本人の自然の心を汲みとるゆとりが返ってきたのかも知れない。


苔 の青さが目にしみる雨上がりの庭、万両(まんりょう)の赤い実が、霜の降りた庭の片隅に、ひっそりと色づいている。春の訪れとともに、山間の素朴な花がつ つましく咲き、老梅の蕾みが、一輪また一輪、淡い紅色にほころびる。木々の若芽がいっせいに萌えてくる。苔は青さを増し、庭全体が冬のさびた色から一転し て、息づき始める。四季折々に眺めを楽しませてくれる庭は、私の心の糧である。


「できる限り質素に、たら ぬものの中に満足を見出し、欠けたものの中に美を発見する」と、茶道では教えている。また「本来物のなき人は、手に入りかね申す可く」とも云う。私はまさ にこれである。山どり友人から戴く、荒れ庭からささやかに買う。そしてそれを自然の野山の感じを出すように、創作して行く楽しさはすばらしい。こんな境地 を趣味というのであろう。


京都の有名な苔寺(西芳寺)に代表される苔の良さは、その味わいの深さ、ひっそりとした美しさにある。苔は特に環境をつくってやることが大切で、土質、光線、風、水分がそろわないと、決して美しく育ってくれない。


楓(かえで)、欅(けやき)の木の下に美しい苔が育っているのは、環境条件の二つ以上が満足しているからで、これらを満足させる配置、心配りは企業経営と相通ずる。


年代のたったものは、誰の目にも美を感じさせる。庭木、石、そして庭全体の年代は、苔が大切な役割をする。苔むした庭の飛び石伝いに、木々の顔色をみて歩き抹茶の一椀を喫する楽しみは、庭に興味を持つ者のみにしかわからない。


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ただ趣味を綴ったものであるが、本来の日本人の美的感覚はこのようなところにあるのではないかと思う。日本人がじっと醸成してきたこの美的感覚で制作した美 術品や映画など、昨今では「ジャパニーズクール」と呼ばれて世界の人に愛されているそうだ。また、日本国内では江戸時代の環境にやさしい暮らし方や文化が 見直されてきているという話も聞く。これからの時代も慎ましく生きることが大切だと思う。


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