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261号 人生あれこれ #21 事業多角化への道程(2)―新技術・新製品開発―

-2015/07/13-

テットーツルマル雨戸昭和30年代後半からの日本のモータリゼーションはドルショックや乗用車の自由化後も続き、国内自動車メーカーの生産は増産の一途を辿った。しかしながら国内販売はトヨタ自動車と日産自動車の寡占化が一段と進むこととなる。昭和45年、三菱重工㈱は自動車部門を独立分離させ、三菱自動車㈱が誕生した。翌46年には自動車専業メーカーとして自立化・拡大化を図るべくクライスラー社との資本提携を行った。これは資本自由化第一号であった。しかし当時の三菱車の新車の増産効果の期間は短く、またモデルチェンジの当たり外れも大きかったので、協力企業にとっては投資額の大きい割合には収益に結び付きにくい構造となっていた。また当時は、メーカーの系列の締め付けが厳しい時代で、系列外の他社へ部品を納入販売することはほとんど不可能であった。協力企業は投資した現有設備の有効利用も儘ならず親会社の浮沈の影響をまともに受ける状況下にあった。

 

 

昭和44年、当社は経営の自主・自立化、長期的安定を図るためにこれまでの自動車の下請け的事業だけではなく、新たな事業の創出を考え新技術・新製品を開発する開発部を設置した。コンサルタントを導入して市場調査を行う一方で会社の強み弱みを分析し、強みを生かして新技術・新製品開発に取り組み、新規事業・新規顧客の開拓を行う事とした。
 
オートカッター OM-1型昭和45年、これまでの自動車部品事業に新事業柱を加えた中期経営計画を策定し社内に発表した。自動車部門では、従来から進めてきた素材から加工・組立の「一貫生産体制づくり」を継続しながら、加工下請け的協力企業体質から部品メーカー体質に脱皮させる。また、これまでの自動車部品生産で培ってきた専用機製作技術、プレス加工技術、冷間ロール加工技術を活用し新製品開発を行う。更には、当社のルーツであるめっき技術は、装飾めっきだけではなく機能めっき技術にも着目。まためっき技術を表面処理技術の一環と位置づけ新たに塗装事業分野への進出を検討。更にはメッキ会社の経営ノウハウを活用して地域に密着した全国メッキ工場チェーンの展開を検討するなど各種構想を策定した。そして具体的展開として次のことを行った。
 
① 昭和45年
香川県にオーエム工業(後日オーエム産業㈱へ社名変更)設立。メッキチェーン構想の第一弾で、香川県にメッキ会社設立したが、地元のメッキ組合の猛反発で操業を断念。平成20年、栃木県宇都宮にオーエム産業栃木工場を建設、平成25年、石川県金沢市のメッキ会社「㈱シンセー」の経営権をオーエム産業が譲り受ける。
 
スチール製フリーアクセスフロア② 昭和45年8月
スチール製フリーアクセスフロア自社製切断専用機「オートカッター」の生産・販売ドアーサッシュの切断機として自社開発した専用機を機械商社の代理店を通して初めて自社商品を販売する。
 
③ 昭和46年9月
スチール製雨戸納入開始。内装部材・スチール家具・住宅産業が有望との市場調査結果の下で、冷間ロール加工技術の活用したスチール製雨戸を開発(特許取得)。精度悪い木製雨戸に代わる商品とPRし、住宅関連商品事業への進出の先駆けとして日本アルミニウム工業㈱に納入を開始する。
 
④ 昭和46年11月
精密小物メッキ生産開始バラ端子・電子部品・半導体などの精密小物へのアルカリ錫メッキなどの機能メッキをする新分野の生産を開始。電子部品メッキ加工事業に進出する。
 
⑤ 昭和51年1月
スチール製二重床の生産販売電算室の二重床構造に使用されているアルミ製パネルに着目、プレス加工技術を活用したスチール製フロアーを開発(特許取得)し電算室やOAルーム向けの二重床を生産・販売。ビル用建材部材分野に進出する。
 
⑥ 昭和53年10月
アニオン電着塗装開始表面処理技術の一環として自動車部品の塗装事業(電着塗装、静電塗装、粉体塗装)に進出する。


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