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278号 人生あれこれ ロシア視察記(3)

-2021/09/27-

ロシア帝国の夏離宮「夏宮殿」.jpg私がこの旅で最も楽しみにしていたのは、サンクトペテルブルクを訪れることであった。かつてレニングラードと呼ばれたサンクトペテルブルクは町中に縦横に巡らされた運河が美しい水の都であった。北のヴェネツィアとも称され、建物の高さが統一されて整然とした町並みは期待に違わず美しかった。

 

この素晴らしい町の中でも一番興味をそそられたのはエルミタージュ美術館であった。いつだったかTVの特別番組でこの美術館に魅せられ一度は行ってみたいと思ったものだったが、現実にその建物の前に立った時その威厳ある佇まいに圧倒された。ロマノフ王朝の離宮であったと言うエルミタージュは壮大であり、荘厳さをも漂わせながら圧倒的な姿で私の前に現れた。私は心を打たれ何とも言いようのない感動を覚えた。 

 

エルミタージュ美術館にはエカテリーナ2世によって収集されたダヴィンチ、ラファエロ、ルーベンスなどの膨大な数の名画が所蔵されている。彼女のコレクションは絵画だけではなく数々の工芸品もある。その一つが今や美術館のシンボルとなっている世界最大のからくり時計「クジャク」である。これはクジャク、オンドリ、フクロウが一時間ごとに代わる代わる飛び出して時を告げる素晴らしいもので、私が訪れた時はあいにく止められており静止した姿しか見ることが出来なかった。非常に残念であったが、その横で流されていたクジャクが大きく羽根を広げて時を告げる動画を見ることで諦めざるを得なかった。

 

私はこのような偉業を成し遂げた女帝エカテリーナの生涯に思いを馳せた。

 

ロシア帝国の離宮「冬宮殿」.jpgエカテリーナ2世はドイツの貴族の娘で16歳でピヨートル3世に嫁ぎ、ロシア文化に不慣れだったのでロシア語を習得し、ロシア正教に改宗し、ロシア貴族や国民に支持される為の努力を惜しまなかった。それに対しドイツ風にこだわり続けたピヨートル3世には軍やロシア正教による怨磋の声が高まり、ロマノフ家の血統でないエカテリーナ待望論が巻き起こり無血クーデターで夫ピヨートルを退け33歳で女帝となった。国民に愛され受け入れられた女帝は女性が自由に生きられるよう地位の向上を図りヨーロッパに追いつくことを目指した。その為に自由経済の促進、宗教的寛容、教育・医療施設の建設、出版文芸の振興などの近代化諸施策に着手した。またロシアの文化・教育の整備にも力を注ぎボリショイ劇場やエルミタージュ美術館を建設した。

 

エカテリーナは良い心や良心が無いと政(まつりごと)は収まらないと信じてアジアからキルギスそしてヨーロッパまで世界最大の帝国を築き支配したのである。

 

私は女帝エカテリーナ2世とそのコレクションの数々に魅せられてエルミタージュ美術館を後にした。

 

エルミタージュ美術館.jpg


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