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230号 技術に想う~開発はロマン~

-2006/07/01-

私は、技術屋を自負していることもあり、技術開発と商品開発に明け暮れてきた。めっき技術の習得に始まった私の技術は、素材~板金~表面処理~組立という 一貫生産ができるまでになった。この技術が最も生きた製品は、今はなきスチール製バンパをおいて他はないと思う。これにまつわる思い出をひとつ。


昭和40年代前半、当時のバンパは10数工程のプレス加工が必要だった。生産技術課の小林係長(当時、後のオーエム機器元常務)が、油圧を使って フープ材から成形すれば、10数工程がたった一発(一工程)で成形できるはず!と考え、高橋部長(当時)がこの話を持って私のところに来た。


たった一工程になる上に、材料歩留まりは30%も向上する・・・この話にピーンときた私は、「費用概算目録」を出すように指示し、1ヵ月後、報告がきた。この時のやる気に満ちた若手連中の顔は忘れられない。


高 橋部長を長とする特別チームを立ち上げた。メンバーは、小林、後藤宏、後藤和重、桑野(現オーエム機器部長)である。10日で図面を描き、木型・鋳物など の発注をし、何度もバンパを曲げる実験を繰り返した。正式発注した設備は遅れに遅れ、なおかつ予算は2倍近くまでオーバーした。構想から製作まで血のにじ む開発努力は連日連夜2年におよび、そして、彼らと私の夢は叶った。主要顧客である三菱自動車工業㈱の技術陣に「常識では考えられないことをやってのけ た」と感心、賞賛された。


当時、社外秘のため全体を覆われていたこの設備の開発によって、小林、後藤宏、 桑野の3人は科学技術庁長官賞を受賞した。このバンパ成型機の開発は私の誇りであり、開発型企業群として生きることを決意したオーエムグループの息吹と なった。樹脂性バンパが主流の時代となりこの設備も不要となったが、開発にはロマンがある。これからいくつの時代を重ねても、この灯がさらに煌々と輝くよ う切に願う。


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