運転免許証

WRITER製造部 高橋一郎

運転免許証

こんにちは、高橋です。


旧岡山メッキ工業㈱総社工場にボイラーマンで入社し、たくさんの人に出会いながら40有余年。この7月、皆さんと新たな出会いになりました。


今日は、米国の運転免許証との出会いをご紹介致します。それは、2003年1月5日、小雪が降る岡山空港より、シカゴから南へ約190キロのEWI(現在のアステア子会社)に赴任致しました。30時間の英会話教室のみで、全く英語がしゃべれない私に課せられたものは、運転免許証(ドライバーライセンス)取得でした。警察署でテキストを貰い、仕事を終えてまず夕食(自炊)、次に勉強。それもそのはず、テキストが英文ですから・・・。辞書を片手に和訳からです。なぜこんな歳で、米国で試験勉強とは・・・。

 

 


いよいよ試験当日(5月22日)、パソコンに向かってやるのですが、画面が動きません。ふと、隣席の米人を見ると、手元のボードにサインをして、スタートをしているのではありませんか(カンニング??)。試験問題は一問一画面、全30問。正解は画面が青。不正解は赤。心臓が破裂しそうで、延々2時間の苦闘の末、なんとか筆記試験合格。そのあと、路上運転試験です。助手席で米人の女性試験官が、運転経路を指示。もちろん英語。もうキレそう・・・。


でも最後に、彼女が右手の親指を立て、笑みを浮かべながら、Good!・・・。私は、サンキュ・・・と、小さな声で。やったぁ・・・と、大きな日本語で。


オーエム産業(株) 製造部 高橋一郎(ドットヨム144号:2013年10月)


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